天童市の造り酒屋・出羽桜酒造が、産経新聞の「みちのく会社訪問」で取り上げられました。
60%以下に精米した白米を原料に、低温で寝かせて製造する吟醸酒(ぎんじょうしゅ)。フルーティーで華やかな香りとすっきりした上品な味わい、のどごしの滑らかさが特徴だ。
吟醸酒の言葉すら知る人が少なかった昭和55年。他社に先駆けて「桜花吟醸酒」を発売した。鑑評会用につくる特別で高額な酒の素晴らしさを知ってほしいとの思いから、あえて「一級酒より安い吟醸酒」として世に問うた。
これが吟醸酒のブームを切り開き、地酒人気銘柄ランキング本の吟醸酒部門では12年連続1位を獲得、大手化粧品会社の商品の香りに選ばれるなど日本酒の底辺拡大に一役買う看板商品となった。
JR天童駅から南へ約1.5キロ。2つの造り蔵を持つ同社は機械に頼らない手作りの酒造りを大切にする。地元杜氏(とうじ)と若手技術陣がスクラムを組み、地元のコメと水にこだわり、地元の人に飲んでもらう地酒づくりに取り組むなど、伝統と技術の融合を目指している。
仲野益美社長(54)は「当社の経営理念は『挑戦と変革』と『不易流行』。現状維持では時代の流れに取り残されるのは避けられない。変えてはならないことを受け入れる冷静さと、変えなければならないことを変える勇気が大切だと肝に銘じている」と話す。
理念を実行に移すことも怠らない。「いろんな商品にトライしてきた」と話すように「桜花」の成功で歩みを止めることはなかった。
生酒、長期熟成酒、おり酒、低アルコール酒、発泡性清酒など多様化する嗜好(しこう)の変化に対応した商品開発を続けた。手漉(す)き和紙に黒一色のラベルデザインを国内で初めて採用した商品は他社の範となり、英国の世界的な種類品評会「IWC 2008」SAKE部門の最高賞「チャンピオン・サケ」を受賞したものもある。
ただ、近年の酒造業界をめぐる状況は厳しい。消費量はピーク時の3分の1に減り、平成15年には50年間続いた酒類2位の座を焼酎に奪われた。国酒といわれる酒が苦戦するのは何も日本だけではない。フランスはワインの消費が35%、ドイツはビールの消費が10%減少した。それでもフランスのワインのシェアは57%、ドイツのビールは80%を維持しているが、日本酒は7.9%。「異常な数字」と危機感を隠さない仲野社長にとって、吟醸酒はまさに日本酒「復権の切り札」ともいえる。
また、ここへ来て和食が国際的な評価を高めるなど追い風も吹き始めており、海外での日本酒市場は急成長を遂げている。同社も平成9年にドイツ、フランス、オランダへ輸出し、その2年後には米国進出を始めた。現在では、ハワイやグアム、サイパンをはじめ、オーストラリアや台湾、インド、ロシアなど約25カ国・地域に販路を拡大している。
仲野社長は「『SAKE』という言葉が外国にも浸透してきた。日本酒は日本人の英知の結集。世界中のワイン好きがボルドーやブルゴーニュを訪ねるように、山形を世界中の愛好家が訪ねるような日本酒の聖地にしたい」と力を込めた。(森山昌秀)
山形県天童市一日町1丁目4の6。創業は明治25年、株式会社として法人化したのは昭和28年。資本金2千万円。従業員数は杜氏を含め約50人だが冬場は約80人。(電話)023-653-5121。天童市内に精米所や冷蔵庫を完備した蔵、山形市内に醸造蔵の工場。「利益の社会還元」として昭和63年には「出羽桜美術館」、平成5年には分館として「斎藤真一心の美術館」を設立した。
「エネルギッシュ」という言葉以外に適当な形容詞が見当たらない。県の「やまがた特命観光・つや姫大使」をはじめ、天童市、出身高校や大学のOB会、非常勤講師を含め肩書は約20に上る。出張先も海外だけで2月からタイ、台湾、韓国、ハワイ、夏はブラジル、9月は米国などを訪問予定。「手づくり」を理念とする同社らしく、経営者ながら30年間、毎年タンク1本の大吟醸を自ら造っている。
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