舞鶴山にある建勲神社(たけいさおじんじゃ/通称:けんくんじんじゃ)で、「織田信長公430年祭」が開催されました。これは、織田信長と天童との関わりを地域おこしにつなげていこうと、天童商工会議所や天童市観光物産協会などによる実行委員会が初めて企画した没後祭です。
江戸時代の天保2年(1831年)、天童市には高畠町から織田信長の直系の子孫にあたる10代藩主・信美(のぶかず)が入部しました。天童織田藩は、明治4年(1871年)に藩政が閉じられるまで、舞鶴山の西側に拠点を構えていました。明治3年(1870年)には、織田信長を祭る神社として建勲神社が国内で初めて創建されました。
織田信長公430年祭では、まず天童市の郷土史家で山形県地域史研究協議会理事の湯村章男(ゆむら・あきお)さんが「織田藩と天童市」と題して講和しました。そして、およそ100人が参加するなか、織田信長の弟・有楽斎(うらくさい)を茶祖とする有楽茶道協会による献茶奉納や雅楽の奉奏など神事が行われました。
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